IAEAは原子力の「平和利用」の推進機関である事を忘れないでおこう

福島原発以降、よく目にする『IAEA』

脱原発を進めようとした菅さんが引きずり下ろされ、新政権は原発再開の方向のようで(私、くじけそうじゃー)、このところ又、頻繁に新聞で多く目にするようになった。

「原子力を監視する機関」、監視とは、危険であれば「排除」する・・・という権限も含んでいるのではないかと多くの人が認識していないだろうか・・・。
私も、このようなことになるまで、公正な裁判所のようなものだと思っていた。

しかし・・・そもそもの成り立ちは・・・
  1945年10万6000人の死者を出した広島と長崎に原爆を落とした。
  1953年アイゼンハワーが、国連で「核の平和利用」を演説。核の削減・廃絶と共に、平和利用を主張。
  1954年第五福竜丸の被曝し、実は核爆弾の研究を秘密裏に行っていた事がばれる。
  1957年アメリカが主導してIAEAを設立。東西冷戦の中、アメリカの同盟国へ核移転が積極的に行われた。

それで察しがつくと思うが、「核の平和利用」「核兵器の監視」が目的。

「平和利用」という一見甘い言葉に惑わされてはならない。

アメリカは日本に原発を売りたかった。
『核廃絶』は、はじめから、IAEAの念頭にはない。
『監視』とは、日本やドイツなど第2次世界大戦に負けた国が、核を保有しないか見張っているわけ。あくまで「核抑止力」はアメリカが主導権を握るものとしたいのだ。

もちろん『平和利用』するにあたって、色々調べ,数値を出しているのは確か。
しかし、危険度に対しては、肝心のところで翻す。

 ―たとえば、「安全基準の強化」という言葉は、今回のように地震などが及ぼす、日本にとって避けらず予測できない危険に対しての「安全強化」という意味で、実は全く意味がない。

自然の力に対して、絶対な安全など絶対にないからだ。
予想を超える事が起こるから事故になる。全てが予想できれば事故は起きない。
高速鉄道や飛行機に限らず、車・自転車も(経験済みだが)、「万が一」の事故と言うのはどんなに、点検しても、規則を守っても、起こる。

しかし、原発の被害を見よ!
何十年も戻れない地域、何年後かにガンになる子ども。海も山も汚れてしまう。

しかしIAEAの言う「強化された安全基準」をクリアする事で、仮想の『“絶対”安全』というお墨付きを与え、結局のところ、原発を再開させようとしているのだ。
「平和利用」という言葉は、とにかく『核を利用する』前提のもとに出てくる言葉だ。

そこのところを、きちっと押さえておかなければならない。

なにがどうしてもやってはいけないものはやってはいけない。

地球がまたいつ、どんなくしゃみをするかわからない。
飛行機が落ちるかもしれない。
テロリストに狙われるかもしれない。

放射能はどんなに微量でも確実に遺伝子を傷つける。
子どもたちは傷ついた遺伝子のコピーを、成長と共にどんどん体の中で作り出す。
原発を稼動すると廃棄物が必ず出る。
核廃棄物は、10万年管理しなければならない。
原発を止めても、電気は足りる。
原発は、人類にとって良いことなど何一つない。

核廃絶に向かうと宣言しノーベル平和賞に後押しされたはずのオバマ氏は、最近核実験を再開している。

ね、IAEAってこのような、止めるべきである、と結論づくような点には言及しないでしょ?

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