内部被曝 広島長崎ではどうだったか 医師・肥田舜太郎さん「原爆ぶらぶら病」1/12毎日新聞

毎日新聞 1月12日(木) 特集ワイド 「被曝医師は今も闘う」 肥田舜太郎さん(95)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120112dde012040014000c.html

<要約>
 肥田さんは広島の爆心地から6kmで被曝。その日の内に爆心地まで往復し、その後、周辺で救援治療にあたった。やけどを追った人があまりに多く、注目されなかったが、原爆投下後に市内に入った人たちが、奇妙な死に方をした。
 肥田さん「内部被曝という言葉はまだありません。市に入って被曝したので『入市被曝』と呼びました。どういう理屈でなくなるのか、全然分かりませんでした。」
 原爆投下から約30年後、米国人研究者による『内部被曝』の論文に偶然出合い、米国の核実験で入市被曝と同じ症状を示す人々が多数存在することを示す内容に「目からうろこ」が落ちる思いがしたという。それらの論文を翻訳し、国内外で内部被曝の意見を訴え続けてきた。

 原爆の直接被爆を免れた人が数年後座っていられないほどのだるさを訴える『原爆ぶらぶら病』について。
 肥田さん「血も出ていない、頭の毛が抜けるっわけでもない、目に見える被害は何もないのに、死ぬほどだるいと訴える人がたくさん出てきた。診察してもどこも悪くない。サボっているようにみられて、患者の家族が『ぶらぶら病』と名付けたのです。」
 「簡単に言えば全身衰弱状態。本人の訴えしかなくて医学の範疇には入ってこないから、医師から見れば、病気じゃなくノイローゼ扱いになってしまう。」
 「最近旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の研究者に聞いたら、『放射能疲れ』という言葉があるというのです。原発事故で放射線にあたった人が、くたびれてかったるいという事から、その名がついたそうです。」

 「福島でこれと同じ症状がでても何ら不思議ではない。」

肥田さんは広島・長崎の原爆被爆者の内部被曝が本格研究されなかった背景について、こう考えている。
 「戦争中は人をころしても罪にならないが、戦争後も原爆の影響で、人がずっと死に続ける事を認めれば、非人道的兵器として原爆の存在そのものが危うくなる。各国が内部被曝を認めたがらない根本はそこにあると思うのです。」

 原爆ぶらぶら病も放射線との因果関係は認められていない。

 生涯被曝100ミリシーベルト未満ならば健康影響は不明、という研究結果にも疑問を持つ。自分が長年診てきた、生身の被爆者とあまりにもかけ離れているからだ。


*****

なんだか、また目からうろこが一枚剥がれ落ちたような気がする。
内部被曝を軽く扱い、因果関係を認めたがらないのは、それによる保障をなるべく小さくしたいというお金の問題や、責任のがれが主なものだと思っていた。

『放射能疲れ』
『非人道的兵器』 かー・・・。

核の存在を守ろうとする国々の、「自分はその被害に遭わないのだ」という、この楽観的な身勝手さはなんだ?!

日本は平和憲法を持っているのに、非人道的兵器の存在を許していいのか。
被爆国として、日本は、放射線の影響を明らかに世界に訴えなければならないのではないのか・・・。




 
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