未来の世代は私たちに『あの時お前は何をしていた?』と聞くだろう・・・・/小出裕章さんインタヴュー

小出裕章非公式まとめにアップしてくださっている 12月14日 TOKYO FM「クロノス」のインタヴューより、一部ここに載せさせていただきます。

いつも変わらない、素直で正直な小出先生のお話。


☆☆☆

私が原子力を止めさせたいと思った時には、日本にはまだ3基しか原子炉がなかった。それから1つの原子炉も持たせないと思いましたけれども、私が戦っている相手はいかんせん巨大すぎるのです。日本の国、電力会社、その周りの土建屋さんが加わってそこで働く労働者・労働組合が旗を振って、さらにはマスコミが旗を振る・・・。私なんかがいくら抵抗しようとも、次々と敗北していって、今54基。ずっと負け続けている。
自分の力があまりにも小さくて情けなくて嫌になるという事は、何度も何度もありました。でもそんなことしょうがない訳ですから、自分の出来る事をやろうと思っただけです。

だって誰でもそうですけれども、自分の命って一回しか生きられない、時間を逆戻りできないわけだし、あっちの道を行ってみたいこっちの道を行ってみたいと思っても、出来ないのであって、一回の命を生きるしかないとすれば、自分がやりたいことをやるのが一番だと思いますので。その意味では迷った事は一度もないですね。

まだまだ苦しい現実ですね、私を支えているのは。あまりにも私から見るとひどすぎると思うけれども、それがある限りは、自分のやることはやるし、やりたいと思う。それだけです。

多分、時がたって、未来の世代は私たちに聞くと思いますよ。『あの時お前は何をしていた』と。聞くと思いますけれども。
私は確かに力がなさ過ぎて負け続けたし、今も国や電力会社の主張・宣伝ばっかりが皆さんに届いているわけで、私の声なんか、ほとんど無力だけれども、それでも私は、『自分の出来る事はやった』と言いたいんですね、その時に。今自分がどう生きているかという事が、問われてしまうわけだから、答えるしかない、と思います。


*****

そう。
プラトンも言っている。すぐれた人物が国の守護者になる。すぐれた人とは、人を幸せにする事が自分の幸せであると思える人。

未来の世代にそう聞かれたとき、恥じ入りたくなんかない。

守護者でなくとも、「自分の出来る事はやる」それが、1回しかない自分の命への対し方ではないだろうか。
他者の幸せのために働く事ができること、それが人間にとっての幸せなのではないだろか。「幸せ」をどう考えてみても、そこに戻って来ませんか?

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