9/2毎日新聞夕刊 特集ワイド 辺見庸さんの話

毎日新聞9月2日夕刊の特集ワイドから

「記者として、海外の戦場に立ったし、阪神大震災も取材した、でも、今の空気が一番不快だ。テレビ、新聞、そしてそれらに影響された社会。飛び交う言葉が、ほとんどリアリティを失っている。

―と石巻市生まれの辺見氏は言う。
まさしく、村上春樹さんもカタルーニャの演説で言っていたが、今大事なほんとの『現実』とはいったい何か?


「復興に向けて被災地は一丸になっている、被災者は前向きにがんばっている・・そんな美談まがいの情報があまりにも多い。古里に電話をして聞くと、全然違う。現実はメディアが描くより、はるかに悲惨だし、一般の人たちの方が絶望している。」

―もし、原発事故がなかったら、もっと迅速に復興の道筋が立っただろうし、気持ちも前向きになれただろう。全く違ったはずだ。

―そして、「原発」或いは「核」については・・・

「誰もが『3・11』を分かったように思っているが、世界史における位置づけや、『3・11』が暴いたものの深さ、大きさは、とらえきれていないのではないか。」

「近代科学の頂点をなすのが核技術。これは核兵器と原子力潜水艦に源流がある。しかしその後は新聞も含めて『平和利用もあり得る』という論調になってしまった。
ところが今回の福島第一原発事故で、軍事利用と平和利用という二元論で考え得る代物なのか、危うくなってしまったのです。
もし核兵器と原発という二つの分野の次元が違わないのならば、非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の対象に原発を加えてもいいのじゃないか。」


―とてもフェアで、シンプルで、分かりやすい。
「もの食う人々」で引き込まれた、分析的でありながら情緒的な言葉だ。冷静でありながら人間味があると言ってもいい。
純粋さを感じる。
純粋なだけに、真っすぐに言葉が突き刺さってくる。そして重い。


「前進に前進を続け、その果ての今、僕らは崖っぷちに立っている。
近現代の流れには、ある種の『慣性の法則』が働いているので、恐らくもう飛び降りつつあるのでしょう。
―今後も「過剰発展社会」を維持したまま、またも、ありえない事件が起こるのでしょう。」


―原子力は人間には制御できず、放射能がどんなに恐ろしいかは、今現在目の前で進行中だ。いやその前に、2つの原爆・第五福竜丸被曝・チェルノブイリ・スリーマイル・東海村臨界事故など、過去にたくさん目の当たりにしてきたはずだ。
福島では、10万人もの人が、育ってきた大事な土地を追われている。そのやるせない悲しみ、絶望は想像を超えるだろう。
また一方、核廃棄物は、モンゴルに埋めようかなどと、全くふざけた計画が真面目に持ち上がるくらい、実際に深刻を極めている。原発を動かし続ける限り、廃棄物も増え続ける。
至極、当たり前なこと。

なのに、原発を再稼動する!?

電気は足りているし、その前に節電することは温暖化にとっても必須なのだからやればいいのだ。

原発を推めて、私腹を肥やしてきた人たち、もし!恥を知るなら、方向を転換する勇気を持て!
この期に及んで、「電気がなくなったらどうするんだ」 「電力不足は経済発展を妨げる」 と市民を脅し、自分達の利益のみを守るなんて、あまりにも恥ずかしい。
なんという愚かな視点の近さ!
汚れた魂・・・


「我々自身の内面が決壊しつつある。・・・内面をどう再構築すればいいか、どのような内面を拠り所に生きればいいか。そのことを考えなければならないし、それを書こうと思います。」

―と辺見さんはその記事を結んでいます。

ソクラテスが「音楽と文芸による教育が重要」と言う、そのことと思う。
わたし達の「内面」を構築するもの、骨組みとなるものとは、感じる心―感性ではないか、とわたしは思う。
知識だけでは、ばらばらな単なる「要素」でそれを、関連付け意味のあるものにするのは、弾力的な感性。
その感性を培うのが音楽や文芸。
そうして、弾力的な感性により関連付けられ意味を持った知識が「思考」する力となっていくのではないのかな・・・・と、わたしは思う。

子どものうちに、まだ道理がよく分からなくても、それを身につけさせる大切さを、2400年も前にソクラテスは明言している。


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