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zoom RSS 中村哲さん 「天、共に在り」 終章ー日本の人々へ より

<<   作成日時 : 2017/11/03 10:46   >>

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尊敬する中村哲さん。

「アフガニスタン30年の闘い」という副題のこの本。
外国の勝手な介入でめちゃめちゃにされたアフガニスタン。
そこに住む人々が生きていけるように、クネール川から何キロにも及ぶ用水路を引き、真茶色で命を感じさせない砂漠を、緑の畑に変貌させている。

ただの緑化ではない。
水があり、畑で作物を作ることができれば、農民であったのに兵士にならざるを得なかった人々が、健康で平和に生きていくことができる。

中村哲さんは、お医者さん。
ハンセン病の治療のためアフガニスタンを訪れた。
しかし、子どもたちがどんどん死んでいく現実。きれいな水さえあれば救える命がたくさんある、ならば井戸が必要、となったら即、井戸を掘ることを始める。

大干ばつにより、畑を耕せなくなった農民たちが、身内を理不尽な空爆などで殺されたくやしさを背負い、兵士になっていく。
その負の連鎖を断ち切るべく、大干ばつの時でも農耕できるように、灌漑事業を、お医者さんなのに、勉強し自らシャベルカーを操作し、成し遂げている。

本当に、頭が下がる。

その最終章、この日本について書かれている。
たくさんの人に読んでほしい。
経済成長がすべてに優先したり、不安をあおり戦争できるような国にすることが、本当に人々を幸せにするのか。
現政権を選んでいる人、一人一人に。

中村哲さん、ノーベル平和賞を取るべき人だ。


*****

 P239
・・・・奇しくも2011年3月11日の東日本大震災の報は、大洪水の後始末で河川工事の最中に届けられた。自然の猛威は多くの犠牲者を出し、原子力の恐怖を再び思い起こさせた。大きな転機が日本自身に訪れたと思われた。しかし、その後のいきさつはあまりに気落ちさせるものであった。置き去りにされたのはアフガニスタンだけではないと思った。
  世の流れは相変わらず「経済成長」を語り、それが唯一の解決法であるかのような錯覚を刷り込み続けている。経済力さえつけば被災者が救われ、それを守るため国是たる平和の理想も見直すのだという。これは戦を図上でしか知らぬ者の危険な空想だ。戦はゲームではない。アフガニスタンの体験から、自信をもって証言しよう。
 
  物騒な電力に頼り、不安と動揺が行きかう日本の世情を思うとき、他人事とは思えない。だが、暴力と虚偽で目先の利を守る時代は自滅しようとしている。今ほど切実に自然と人間との関係が根底から問い直されたときはなかった。決して希望なき時代ではない。大地を離れた人為の業に欺かれず、与えられた恵みを見出す努力が必要な時なのだ。それは、生存をかけた無限のフロンティアでもある。


 p243
・・・・・「戦争と平和」は、若い時から私にとって身近な問題であった。福岡大空襲による父方親族の壊滅、戦争作家と呼ばれることを嫌った叔父・火野葦平の自決、大学時代の米原子力空母寄港 ― 常に米軍が影のようにつきまとっていた。まさか、アフガニスタンまで追いかけてこようとは、夢にも思っていなかった。
  今きな臭い世界情勢、一見勇ましい論調が横行し、軍事講師をも容認しかねない風潮を眺めるにつけ、言葉を失う。平和を願う声もかすれがちである。

  しかし、アフガニスタンの実体験において、確信できることがある。武力によってこの身が守られたことはなかった。防備は必ずしも武器によらない。
  1992年、ダラエヌール診療所が襲撃されたとき、「死んでも打ち返すな」と、報復の応戦を引き留めたことで信頼の絆を得、後々まで事業を守った。戦場に身をさらした兵士なら、発砲しない方が勇気のいることを知っている。

  そして、「信頼」は一朝にして築かれるものではない。利害を超え、忍耐を重ね、裏切られても裏切り返さない誠実さことが、人々の心に触れる。それは武力以上に強固な安全を提供してくれ、人々を動かすことができる。私たちにとって、平和とは理念ではなく現実の力なのだ。私たちは、いとも安易に戦争と平和を語りすぎる。武力行使によって守られるものとは何か、そして本当に守るべきものとは何か、静かに思いをいたすべきかと思われる。


 p245
・・・・・今、周囲を見渡せば、手軽に不安を忘れさせる享楽の手段や、大小の「権威ある声」に事欠かない。私たちは過去、易々とその餌食になってきたのである。このことは洋の東西変わらない。一見勇ましい「戦争も辞さず」という論調や、国際社会の暴力化も、その一つである。経済的利権を求めて和を損ない、「非民主的で遅れた国家」や寸土の領有に目を吊り上げ、不況を回復すれば幸せが訪れると信ずるのは愚かだ。人の幸せは別の次元にある。

  人間にとって本当に必要なものは、そう多くはない。何が真実で何が不要なのか、何が人として最低限共有できるものなのか、目を凝らして見つめ、健全な感性で自然との関係を回復することである。

  いたずらに時流に流されて大切なものも見失い、進歩という名の呪文に束縛され、生命を粗末にしてはならない。今、大人たちが唱える「改革」や「進歩」の実態は、宙に縄をかけてそれをよじ登ろうとする魔術師に似ている。騙されてはいけない。

*****

できることなら、哲さんのように生きたいと思う。
しかし頭脳も力もない。
できるのは音楽。はがゆい



ペシャワール会の会員になり、中村さんの活動の応援をすることもできる。

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